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学生の頃、遠距離列車の発着ホームに数珠繋ぎされた20人ほどの男たちを別のホームから、何度か見たことがあります。 これが護送される受刑者たちだと分かったのは刑務所に勤めてからでした。 現在では、高速道路が整備され、受刑者の人権も尊重される時代ですから、これほど多くの受刑者を人目に晒しながら列車で護送することはなくなりましたが、今でも受刑者の護送は常時、護送用バスのほか、一般乗客利用の列車や航空機で行っています。 これは、新たに刑の確定した受刑者たちを一定の基準に従って分類し、それぞれの集団に割り当てられた刑務所に収容するための護送、大都市の刑務所が定員過剰になるのを防ぐための収容調整、暴力組織関係者の分散収容などを目的に地方の刑務所へ移送するためです。 森鴎外は、京都で遠島(島流し)に処された罪人とその親類が、、「高瀬舟」 の護送役の同心(警官)の目の前で大阪までの間、しばしの別れを惜しむ様子を描いていますが、今では、このような温情ある措置は見当たりません。 護送される受刑者は、出発前日の午後、施設が保管中の私物の確認などに立ち合わせるために呼び出され、初めて自分が翌日に護送されることを知ります。 しかし、何処の施設へ送られるのかは出発直前まで告げられないのが普通です。 家族は、移送先から本人の手紙で始めて居場所が分かります。 護送日や護送先が洩れ、道中で逃走や身柄奪取などの事故を防ぐためです。 護送バスを利用する場合はまだしも、列車など公共の交通機関を利用しての護送では、職員は一時も気が休まりません。 逃走など警備上の事故への注意は別にしても、護送は、当然のことながら、護送職員が何から何まで責任を負い、受刑者側からの協力は全く当てにできないからです。 手錠をして護送する受刑者に自分の持ち物だからといって、本人に持たせては移動し難いこともありますが、それよりも、荷物の中味が分かりませんので、受刑者に触れさせてはならず、職員が必ず持って運ばなくてはなりません。 私物といっても、日用品、衣類などのほか、凶器になる物、指輪、ネックレス、ピアス、高級腕時計などの貴重品、大量の図書などを持っている者もいます。 そのほか、職員は、受刑者に関する重要書類などで一杯にふくらんだカバンを持っています。 これら普段、見慣れないいくつもの荷物を、駅の待合室や乗り物の網棚に置いて紛失したり、置き忘れたりしないようにと緊張の連続です。 公共交通機関を利用し、複数受刑者を遠距離移送する時は、更に手数が掛かります。 一般乗客の目を避けて行くために、乗車予定の列車を鉄道警察隊に連絡し、一般乗客よりも早目に乗車し、乗務員室やトイレの近くに座席を取ります。 途中で用便を申し出る者が一般乗客の間を長々と通らずに行けるようにするためです。 4人掛け座席の車両では、3人を太い縄で数珠つなぎ(連繋 れんぱん)にして、その一端を職員が握って座りますから、トイレに行くときも4人一緒です。 下車する駅では混雑している車内やホームで、一般乗客が受刑者の列に割り込んでくるのを避けるため最後に下車します。 目的地の駅頭で先方施設の制服職員が護送バスとともに出迎えに待機しているのが見えると知らず知らず護送職員の顔が綻びます。 列車護送中に問題を起こしそうな受刑者は、始から除外しますので、大抵は、道中無事に目的地に着きますが、それでも、稀に事故が起こります。 途中で気分が悪くなる者がでますと、車掌に連絡し、全員、途中下車し、110番、119番、最寄りの刑事施設へ連絡し、入院などの援助を要請するなど緊急事態が発生することがあります。 土地勘のない駅に途中下車すると連絡をとるにも様子が分からず、他の受刑者も一緒に駅長室でじりじりしながら次の行動が決まるまで待つ以外ありません。 また、引かれ者の小唄ではありませんが、車中で、突然、一人が立ち上がり、「乗客の皆さん。われわれはこんな虐待を受けています」 などと、手錠の掛けられた両手を上げてわめき散らし、職員を慌てさせたこともありました。 開放的な処遇を行っている千葉・市原の通称、交通刑務所から静岡刑務所へ交通業過事件の受刑者一人を引き取りに職員2人で出かけた時のことです。 先方施設が開放的処遇 「適」 と判定した受刑者でしたので、その時点から開放的処遇ができます。 特に警備上の不安がなければ、護送職員の裁量で、手錠を使用せずに護送してもよいというのが当時の市原刑務所所長の方針でした。 その若い男は、裁判の途中で保釈になり、禁錮刑が言い渡され、刑が確定するまでの間、自宅で生活しており、収監命令を受けて検察庁に出頭して服役しました。 逃走する気持ちがあれば、刑務所に入る前にいくらでもその機会があった筈です。 この男と面接しながら、これらのことを確認し、手錠を使用せず、普通の同伴者を装って護送することにしました。 それを見た静岡刑務所の職員は、「手錠をお貸ししましょうか」 と申し出ました。 私たちが手錠を携行しているのが分かると、驚いた様子でしたが、そのまま車で送ってもらい、静岡駅始発列車で帰路につきました。 いつも乗客でごった返している東京駅構内通路を通り抜けて、乗車した総武線は、生憎、空席がなく、電車の中ほどに立っていました。 逃走のおそれのない受刑者とは思いながらも、やはり立たせていれば、見失わないように絶えず緊張します。 しばらくすると、一人分だけ座席が空き、急いで受刑者を座らせ、ホッとしました。 ところがです。 間もなくして、一人の老婦人が乗り込んできて受刑者の前に立ちました。 すると、男は立ち上がって席を譲ってしまったのです。 手錠をされた受刑者は、他人から手錠を見られまいと気を使い、固い表情を崩さず、座席に座れば、目を伏せるか恐ろしい目付きをしているのが普通です。 足もともの覚束ない年寄りが目の前に立っていても座席を譲ることはしません。 もしその時、職員も受刑者と並んで座っていれば、手錠に付けた付属のひも(捕縄)の端を握っていますから、老人には気の毒とは思いながらも席を譲るわけにいかず、気まずい思いをし続けます。 手錠が掛けられると、本人は意識しなくても犯罪者の役割を演じ、手錠がなければ一般市民の気持ちのままで行動します。 人は置かれた状況によってそれ相応の気持ちになり、行動しますが、護送中でのこの経験は新しい発見でした。 とはいえ、開放的処遇を受けていない受刑者の無手錠護送は危険過ぎます。
by dankkochiku
| 2007-08-04 21:00
| 刑務所を考える
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Comments(7)
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桜花
at 2007-08-08 00:27
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30年に渡り奉職された元刑務官の方曰く、戒護権の無い心理職員(法務技官)の方が護送任務に当ることは珍しいケースかと申されていました。
その方が経験した護送任務の中で、拝命して数年後のこと、まだ航空機による護送が普及していない時代、夜行の寝台列車での護送だったそうです、護送される受刑者は累犯、その中で相棒を務めたベテラン刑務官は「娑婆で食う最後の銀シャリだ」と言って、駅弁にお茶とコーヒーをご馳走しました。 相棒が仮眠している時、握っている腰縄・・・、護送される受刑者が寝返りを打ち、腰縄が動いた時、何とも言い知れない緊張感に襲われたと話していました。 小生も列車で護送される受刑者を見ました、刑務官からご馳走された缶コーヒーを、後生大事に飲む受刑者の姿が強く印象に残っています。
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dankkochiku at 2007-08-08 09:54
昭和50年代にB級受刑者10人あまりを21時間半かけて、寝台列車など豪勢なものではなく、横浜から網走まで行きました。 しかも護送責任者としてです。 刑務官に戒護権があるというのは、刑務官の職務執行を合法的かつ効果的に実行するためのもので、刑務官以外が護送業務に従事できないというものではありません。 これを矯正施設の被収容者の護送についての局長通達(平成18年)では明文化しました。
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tomahawk_attack at 2007-08-08 10:10
テレビや映画を見ると?飛行機や列車などで囚人を護送する際は、手錠を他の乗客に見せないように布を掛けていますね。万が一を考えれば?手錠を外す訳にもいかないと思いますので?当然の処置と思います。
(トイレの時はどうするのだろう?・・・男は手錠してても何とかなるが?女性はねぇ?・・・) それこそ?前時代では「唐丸籠」に入れて護送していた位ですからね。何かが有ってからでは?全てが遅すぎと考えれば?しっかりと安心安全を確保した上で護送して頂きたいと思います。
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tomahawk_attack at 2007-08-08 10:29
話はそれますが、栃木県の主婦殺人の容疑者として拘留中の者が、面会を終えてなお、県警による「ほったらかし」の間に自殺してしまうという?とんでもない事件が起きました。
これも監視を怠った「刑務官」の責任ですかね?それとも接見した弁護士の責任?絶対に有ってはならないことだけに?どうにかしてもらいたいものです。 やはり手錠のままで接見さすべきではないですかね。dankkochikuさんは、どう思います?。。。
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dankkochiku at 2007-08-08 22:20
トイレの時は? ご尤もなご質問です。 片手を外すことは構いません。 それより面倒なことは複数人数を数珠繋ぎにしている時です。 トイレに行きたくない者までも連行しなくてはなりません。
第2問です。 弁護人は立会人なしに被疑者、被告人と面会できます(刑事訴訟法39)からそこまではよかったのですが、その後、警察側に全く連絡せず帰ってしまった弁護士はまずいですよね。 外から面接室内の様子が分からない構造でも、警官が時々中を覗くと、弁護士の接見交通権を侵害したと抗議されるでしょう。 弁護士の承諾があれば、手錠のままの接見も可能でしょうが、その場合、警察官が必要になりますから、弁護士の権利が侵されるとして拒否するでしょう。 検事調べの時は、承諾があれば、手錠のまま取調べができますが、今度は、被告人の自白の任意性に疑いがあるとして、無罪判決になる可能性もあります。いずれにせよ手錠の使用は慎重を期さなくてはなりません。
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at 2015-06-27 23:53
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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dankkochiku at 2015-06-28 14:09
ぷりずんらいふ さん 再三のお知らせありがとうございます。その都度、先方に注意していますが、無断コピペをしてもいいと思っているようです。ぷりずんらいふさんからも先方へ注意くだされば幸いです。また、ぷりずんらいふさんのブログも読ませていただけませんか。
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