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受刑者が守るべき規則(遵守事項)の中には、刑務所ならではの特有のものがたくさんあります。 特に、物品不正授受、不正洗濯、不正洗髪・洗体、不正喫食、不正横臥、不正運動、不正会話、不正読書、不正物品使用、不正連絡など、「不正」 が頭に付いた反則行為が、それです。 この種の反則は、普通、重い懲罰処分は受けませんが、最もありふれた反則行為です。 「不正」 とは、ことの良し悪しに関係なく、職員の許可を得ずに行う行為のことで、「不正」 が付かなければ、それ自体は、私たちにとって日常的な行為がほとんどです。 この中には、円満な社会生活を営むうえで必要な 「社会通念」 「社会常識」 として世間ではむしろ好ましいこととみなされるものもあります。 では、何故これらの行為が刑務所では規制されるのでしょうか。 その理由の第一は、事故につながる 「おそれ」 のある行為だからです。(刑務所は規則で一杯) 何が事故につながる 「おそれ」 のある行為と思うのか、何故それを規制しなくてはならないのかと、刑務官たちに質問したことがあります。 その回答の中からいくつかを紹介します。 就寝時間以外は寝てはいけない(何故ならば、昼間に居眠りして、夜中に逃走を考えているかもしれないから)。 夜間、就寝中も布団から頭は出していなくてはならない(何故ならば、布団にもぐって寝ていると見せかけて、もぬけの殻ということがあるから)。 部屋の窓の格子にタオルや雑巾を掛けて干してはいけない(何故ならば、切断した鉄格子を隠すためかもしれないから)。 自分が不要なものでも他人に与えたり、他人からもらってはいけない(何故ならば、それは賭けの景品かもしれないから)。 いま、食べたくないからといって、食事時間が過ぎてから食べてはいけない(何故ならば、だれかから脅されて食べられないでいるのかもしれないから)。 同室者から手紙の代筆を頼まれても、引き受けてはならない(何故ならば、頼まれたと称して、その者の家族と何か連絡をとるのが目的かもしれないから)等などです。 この話を聞いて、一般社会の方がたは、飛躍し過ぎではないか、勘ぐり過ぎではないかと、思われるでしょう。 しかし、刑務官たちは、これらの危険性は、杞憂などではなく、過去に、実際に起こったことだと答えるでしょう。 そして、実際にあったという事件が、たとえ、50年前、100年前に1回あったことでも、また起こるおそれがあるし、ことに刑務所に懲りずに何度もくる連中は、どんなことを考えているか分かったものではない、と受刑者を頭から信用ならない人間として、徹底的に疑い、事故が起こる前に規制する必要性が欠かせないと、「備えあれば憂いなし」 論を展開します。 規制する必要性の第二の理由は、第一の考え方の前提として、刑務所側が受刑生活すべてにわたって責任を持ち、必要なものはすべて平等に与えているから、受刑者はそれ以上のことは何もする必要がない、という衣食住生活すべてにわたる官給主義の考えがあります。 しかし、この官給主義が、刑務所生活が長期化するのに伴って、次第に、入所時に具わっていた自発性を退化させ、自分自身で判断し、選択し、責任を持って行動する習慣を失わせ、施設の規則だけを守れば十分といった、依存的、受動的、非個性的な 「指示待ち」 の行動様式が定着化してきます。 何故ならば、反則しないことが、早く出所できる仮釈放の早道だと受刑者たちは信じているからです。 もし、受刑者が命令されたことを守り、反則のない生活を続けられるようになることが、矯正効果であると、刑務所側が誤解するならば、受刑者にとって不幸なことです。 短期受刑者に比べて、長期受刑者の方が釈放後、就職するまでに時間がかかる事実だけを見ても、拘禁生活に心から順応した人ほど正常な社会生活から遠ざかり、社会に適応できるまでに時間がかかるのです。 このような社会適応性の崩壊を防ぐには、社会でも違法であり、不道徳な行為とされるもの以外の所内規制は、少なければ少ないほどよいのです。 ところが、規律による改善更生法を唱えたある刑務所長さんがかつておりました。 受刑者は社会ではルールを無視し、自由勝手で仕事にもつかない生活をしていた人間が多いから、強制と他律の環境で、辛抱して規則を守らされていくうちに真の自主性が体得されるので、なるべく規制された中で自分の欲求のままの行動を抑えられるように訓練すれば、忍耐心、遵法精神が徐々に育ち、社会復帰に有効だろうと、厳しい規律の必要性を説いています。 昔の刑務所では、こうした論法から厳しい規則が次々と作られたのでしょうが、そのようなことをしても、釈放者の再入所率は昔も今もあまり変わりがないのです。 所内規則を増やせば、精々、刑務所側が受刑者を管理しやすくなるだけでしょう。 所内規律が受刑者の管理目的から外れ、処遇目的になりますと、受刑者たちに敵意と反発を抱かせ、他方、刑務官たちは反則摘発に注意を集中し、反則者に対してサディズム感情を抱く危険性もあり、両者にとって、過大なストレスを与えるおそれがあります。
by dankkochiku
| 2007-05-12 22:29
| 刑務所を考える
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Comments(4)
刑務官・被収容者の安全運営を目指し生まれた「管理行刑」、その行刑が被収容者の自主性を奪い社会復帰の妨げとなる問題、自由刑の中で社会に近い環境を作り上げた刑務所が「社会復帰促進センター」と思います。 既存の刑務所では考えられない開放処遇、これらの叩き台の根幹は入札した民間企業側からの提案です、刑務官側は斬新な提案に驚くばかり、開放的な処遇を受ける被収容者は位置監視のICタグ・本人確認の指静脈管理システム、200台を超える監視カメラ等が網羅されて24時間監視されていること。 既存の刑務所に服役して、規則で縛られて自主を奪われ刑務官からの「指示待ち族」になるか? 社会復帰促進センターに服役して「割れ窓理論」に準拠した監視体制で、24時間に渡り機械で監視されている状況での開放的な処遇で服役をするか?被収容者は「刑期」が満了すれば釈放されて社会に戻ります、服役してする間に失われた自主性など、被収容者が社会に戻るために自主性を取り戻すため教育訓練を施すのも刑務所の責任ではないでしょうか?これは「刑務所(行刑)側の社会的コンプライアンス」と思います。 「割れ窓理論」は、あのジンバルドー教授が行った別の実験からと聞いております。
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これまで、入所した時よりも悪化させないで出所させるだけでも精一杯だったB級系受刑者を、続いて開所予定の社会復帰促進センターで処遇するようになれば、いいですね。
小生も同感です、社会に復帰して再犯させないための援護体制、何よりも社会が元受刑者を拒まない環境作り、被害者(遺族)への援護とケア、大切と思います。
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