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病気を治すために入院したのに、別の細菌やウィルスに感染し、かえって悪くなる院内感染と同様、犯罪への抵抗力のない受刑者が、服役中に罹るのが悪風感染です。 悪風感染が院内感染と違うのは、感染しているのを確かめようがなく、出所してから再犯し、初めて分かることです。 平成14年に東京の歯科医と千葉の会社役員妻子殺害事件の2人組強盗殺人犯は、長い服役中に知り合い、出所後、計画通りに犯行に及びました。 ある窃盗グループは、所内で知り合った出所者同士が、盗み専門と盗品買取り専門とに役割分担し、犯行を重ねました。 こうした刑務所仲間の連携プレー事件は、それほど多くはないようですが、前科の多い受刑者の間では、犯罪談義が付き物で、それにヒントを得て、次の犯罪につなげる者は少なくありません。 彼らの話は、全員が犯罪経験者だけあって、真実味があり、これを参考に、自分流に手口を変え、今度は捕まらずにやれるのではと、夢を脹らませる者、その夢を仲間の前でとうとうと披瀝する者、出たら俺と組んでやらないか、と声を掛ける者まで出てきます。 これが雑居部屋での悪風です。 作業を終え、就寝までの3時間ほどの間、終日何もすることのない休日、こんな時に誰とはなく、始めるのが女と犯罪の話。 そんな話に相槌を打ち、ちょっと口を差しはさんでも、部屋の誰も傷つけず、ケンカにもならず、プライベートな話を皆の前に曝け出さずにすみます。 退屈時には、打ってつけの話題です。 こんな空気の中で、俺は更生したいなどとは口に出せなくなります。 皆と同じように一つの歯車に噛みあわせなければ生きていけません。 たわいない犯罪の与太話や自慢話でも、話の巧者にかかると、周りの者は耳をそばだて、話は熱を帯びてきます。 時折、巡回する看守も、部屋の中で大騒ぎをしているわけでも、不穏な気配が感じられるわけでもなく、わきあいあいと話し合う様子を見れば、素通りして行き、話の腰を折られずにすみます。 受刑者たちがどんな話に花を咲かせているのかなどは、職員が尋ねても、適当に誤魔化されるだけで、そこは、全く治外法権のサークル活動の場です。 強姦事件で2回服役し、出所後40日の間に9件の強姦、殺人事件を起こした、かの群馬の男は、同室の仲間に強姦話を得々と話して聞かせていたことが、犯行後、同室者の口から分かりました。 男は頭のめぐりが早く、性格は明るく、文学書、哲学書を愛読し、経理夫として作業計算室で働き、反則もなく、引受人もいるという職員からの評価を得て、仮釈放が許可されました。 雑居部屋の住人は、大抵は、当たり障りなく過ごしているのですが、ヤクザっ気のあるのが入って来ると、部屋の空気は一変します。 便所掃除は嫌だと言われれば、代わってやらなくてはならず、腰が痛いと言えば揉んでやらねばならず、万事が万事、事々左様に部屋の者が泣かされます。 ヤクザは、その者だけでなく、所内にいるヤクザとどうつながっているか分からず、盾突けば、誰がいつ襲ってくるのか分からない怖さがあるからです。 こんな不安から逃げるために、盗みできた者が、舎弟になって、ヤクザ風を吹かすのもいます。 「懲役ヤクザ」 と言われる手合いで、これも身を守る生活の知恵ですが、こんな連中に限って、本物のヤクザよりもタチが悪く、ヤクザに迎合し、横暴に振舞い、部屋はいつもゴタゴタして治まらず、耐えかねて、つまらない反則をして懲罰を受けて、部屋から逃げ出す者もでます。 このように、雑居室は悪の温床になるところですが、いまでも大部分の受刑者は、就業時間以外は雑居室生活です。それは、何故でしょうか。 明治41年(1908)の監獄法では、受刑者は独居房(個室、単独室)に収容するのが原則でした。 しかし、当時の貧しい日本の財政事情から、独居房よりも雑居房の建築費が安上がりにすむという理由から、監獄法はそのままにして、昭和3年に司法省行刑局長が、原則として受刑者を雑居房に収容するように刑務所の建築基準を変える通達を出しました。 この基準によりますと、受刑者の部屋数全体の3割を雑居房とし、一部屋に16人まで共同生活をさせ、受刑者全体の8割あまりを雑居房に収容することを想定しています。 戦後の経済成長とともに、この通達は次第に空文化され、その後に改築、新築された刑務所では、収容対象者に合わせて個室と雑居室との割合を緩和し、現在では、雑居室の定員も5、6人程度になりましたが、工場で働く受刑者の大部分は、就業後は雑居室で過ごしています。 山口県の 「美祢社会復帰促進センター」 を始め、その後に続くPFI方式の3ヶ所の刑務所は、いずれも個室収容が原則とのことですから、これからは、就業時間後は、個室で過ごせる施設が増えるでしょう。 受刑者の更生のために、刑務所当局がいくら力を入れて改善指導を行っても、その後の時間は、雑居室で相互接触による悪風感染にさらされるならば、海辺に砂山を築くようなものです。 昼夜独居から出所したある受刑者が書き残していった一文です。 「雑居房はなんとも刑務所らしくなく、わいわい。 罪をつぐないに来ている気を起こさせない、反省も生みません。 だだ、刑を早く過ごすつもりの者にはよい所です。 楽しみがないけれど、勉強するには、独居が一番よいと思う。 だから、私は、昼夜独居を希望しました。」 ある初犯者の出所時の手記です。 「雑居では、過去のいい話、犯罪の手口などの話ばかりで、これから先の大事な話は友人となれそうになれない人にできない。 だから、約2年間、ためになったことはありませんでした。」 もちろん、刑務所に入ると、皆がみな、悪風感染し、返って悪化し、再犯すると思うのは誤りですが、病院で院内感染防止に神経を使っているように、更生を求める受刑者の気持ちを砕く悪風感染拡大の状況だけは、早急に取り除かなくてはなりません。 雑居生活が解消されれば、受刑者たちがもっとも悩む対人関係の無用な緊張感から解放され、落ち着いて読書、勉強ができます。 雑居生活から逃れるために独居を強要し、就業を拒否し、懲罰を繰り返し受けた後、昼夜独居になるという不合理で不健康な生活からも解放されるのです。
by dankkochiku
| 2007-04-21 11:16
| 刑務所を考える
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Comments(6)
なるほど。そういう事ですか。。dankkochikuさんの記事には、どれもリアリティに溢れ、読むうちに?何時しか吸い込まれてしまいますね。(^-^)
それにしても、本来なら立派に更生する場であるハズの刑務所が、一部のヤクザや猛者たちの為に、多くの受刑者たちが、影で「ツライ目」に遭っている様子が良く伝わってきます。しかしながら罪を償うために「服役」していることを考え合わせると?無論のことホテルのようには参りませんね。厳しいながらも?敢えてそこを「精神修行の場」とコジ付ければ?それも致し方なきものではなかろうか??いずれにしても「雑居房」には、良い面と悪い面が両極端に存在していますね。。。 ちなみに「アメリカ映画」などを見ると?雑居房に入った者が、いきなり「ゲイ達」の洗礼を受ける様子が知られており、新たに入居する者たちには?酷く恐れられている様です。日本では流石にそこまではないのですかね?。。。。
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異常な精神修行の場数を踏んで、来た時よりも悪擦れして出て行くことがないように願いたいものです。
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
本文への追記です。
刑務所に入ると誰もが悪風感染して、かえって悪化し、出所後、また犯罪をすると思うのは誤りです。 事実、釈放者の半数には、更生しているかどうかを別にして、再犯記録がありません。 初入者では、もっと少ないです。 しかも、再犯の要因、動機が服役中の悪風感染とは限りません。 でも、病院で院内感染防止に神経を使っているように、刑務所でも更生を望む受刑者の気持ちを妨げる、悪風感染のおそれのある状況は、早急に取り除かなくてはなりません。
あるB級施設の矯正展で行われた所内見学で「雑居房」を見ました、その施設の収容率は120%、約1200人の受刑者が服役しており半数は暴力団関係者です。
雑居房を見た率直な感想は「狭い」です、あの空間に8人が暮らすこと逃げ場の無い状況から、かなりのストレスが溜まると思いました。 あの空間で平穏無事に過ごすため、他愛のない話・与太話に耳を傾け適当に相槌を打ち、小さな話題が大きな話題に変化すること関係者からの聞いたことがあります。 独居房も見学しましたが、同じ狭い空間でも他人に気兼ねなく、孤独な時間を過ごすことの方が、真面目に服役し自分を見つめ直したいと思うには最適の時間が過ごせるかと、素人ながら思った次第です。 大刑の四区に10年間服役した作家の安土氏、雑居房と夜間独居の両方を経験されて、夜間独居の方が良かったと著書に記しております。
大部屋の事務所とは違います。 部屋からの外出禁止で、毎日、終日、素性の知れない同じ顔の同性たちの衆人環視の中の生活がいつまで続くか分からずに過ごす....。 災害時の避難生活とも違いますよね。
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