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県庁から呼び出しがあり、伺うと、試験は可能となりましたが、試験場は刑務所内ということに決まりましたと言われました。 詳細な試験の実施要領を頂き、その受験資格を見ると、調理の実務経験年数が定められていて、愕然としました。 そこで彼に会って社会での調理の経験があるかを聞くと、全くないということでした。 いや、はや、県庁や厚生省に大見得を切ったものの、現実の厳しさをまざまざと知らされました。 他官庁への迷惑や本人への期待感や私の拙速を思い、夜も眠れないでいると、ふと、彼は炊事場で作業に従事しているから、あるいは炊事場を調理の実務経験の場所として認めてもらえないかと思いました。 そこで重い足を引きずり、県庁に出向き、そのことを相談しました。 すると、すぐ係官を明日、視察に伺わせますとの回答を得ました。 翌日、専門職の係官が見え、炊事場の状況をつぶさに調査して帰りました。 数日して、実務経験の場所として認定するとの回答を得ました。 いよいよ、刑務所で調理師試験を実施することになり、その実施要領を定め、受刑者に告知しました。 10数名の受刑者から応募があり、受験手続に入り、受験希望者には調理の実務経験の証明書を従事していた飲食店などからと中学校卒業証明書を学校から取り寄せることにしました。 ところが、彼から面接願いがきて、中学校を卒業できているかどうか不明だと申し出がありました。 そこで私に最終学校に問い合わせて欲しいということでした。 早速、中学校に電話すると、刑務所から何事かと驚き、教頭先生が電話に出ました。 彼が調理師試験を受験するに当たり、卒業しているかどうかを調べて欲しいと申し出るなり、教頭先生は、彼は元気でやっていますか、大層心配していました。 卒業できているので、証明書をすぐ発行しますと言われ、私に彼をよろしくお願いしますと言って下さいました。 それで彼の自宅に電話を入れると、母親が出られ、何か勉強しているとは思いましたが、まさか調理師の試験を受けるとは夢のようですと言われました。 どうして勉強していると気付かれましたかと聞くと、以前は平仮名ばかりで書かれた手紙が、だんだん漢字で書かれるようになってきたので、そう感じていましたと言いました。 その話を傍らで聞いていた妹さんが、電話を母から奪い取り、「兄をよろしくお願いします」 と泣き声で言いました。 そんな時、炊事場の若い担当職員が、調理師試験の免許を取って、まだ何年も経っていないので、希望者に受験対策として受験指導を夜間と休日にやってくれるという申し出があり、受講者を募り、調理師教室を開講しました。 いよいよ試験当日となり、朝、刑務所に登庁すると、庁舎正門玄関に 「調理師試験会場」 の大きな看板が掲げられ、管理棟の入口には、「試験会場入口」 と大きく看板が立て掛けられ、さらに階段を上がると、「試験関係者以外立入り禁止」 と廊下にも立てられていました。 こんなに立派な試験会場に誰が設定してくれたかと感激ひとしおでした。 調理師試験が私の目論見から役所全体の行事に移行していたことを初めて知りました。 当日の試験には試験官が予定通り来られ、全国一斉の時間に開始され、一般の受験者に混じって、応募した受刑者たちも全員受験を終了しました。 試験の合格発表がいよいよ明日という前日の午前11時過ぎ、県庁から私にご足労を願いたいという電話があり、何事かと、すぐさま出向きました。 担当の課長席の前のソファーに座らされましたが、午後2時になっても3時になっても、誰も私に応対する職員もいず、どうしたのかと不安が頭をもたげてきました。 それにしても、発表は明日だしと、何も思い当たるふしもなく、ただただ待っていました。 4時も大分過ぎた頃、丸顔の人のよさそうな方がニコニコして、「いやー、お待たせしました。会議が今終わって」 と言い訳をしながら入ってきました。 そしてその方の部長の部屋に案内され、「おめでとうございます。全員合格です。しかも全員上位合格です」 と言われました。 五百数十名中、10番以内で合格されている人がいるということでした。 ともかく良い知らせだから、一日も早くお知らせしておこうと思って、と言ってくれました。 翌日は、このことが新聞やテレビに取り上げられ、各方面から支援や相談を受けることになりました。 ある建築家からは、受刑者に建築関係の勉強をと言って本を寄贈して頂きました。 彼と個別的に会ったのは中学卒業証明書のことについて話し合ったのを最後に、私は転勤になり、彼と顔を合わせることもなく、今に至っています。 ☆ ☆ ☆ ☆ 調理師試験全員上位合格とは受刑者も刑務所職員もよく頑張ったものです。 調理師免許を取るには、中卒以上の学歴と、飲食店、お惣菜店のほか学校、病院などの給食施設での調理業務歴2年以上の人に受験資格があります。 試験は筆記で、食品衛生、公衆衛生など衛生法規、調理に関する常識問題などです。 刑務作業として炊事場で働く受刑者にも調理業務歴が認められ、受験資格があるとは、意外でしたが、毎日、5百人、千人以上の受刑者の食事を作り、その中には病人食、老人食、食習慣の違う外国人食なども調理するのですから、立派な調理業務です。 それにしても役所同士の折衝でも、頼まれる側はなかなかお役所振りを見せるものですね。 ご投稿ありがとうございました。 今後とも皆様方からのご投稿、お待ちします。
by dankkochiku
| 2007-07-31 09:49
| 刑務所を考える
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Comments(2)
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kimagurebito at 2007-08-01 16:06
先日「海峡の光」(辻仁成)を読みました。主人公は函館少年刑務所の刑務官で、物語は小学校時代のいじめっ子がやってくるところから始まります。彼は刑務所ではみかけの優等生で影のボスになるのですが、刑務所から出るのを嫌って、わざと問題を起こしたりするのですが、どうして外へでたがらないのかの説明はありません。このブログに集う皆さんならその辺の気持ちがわかるのではないかと思って、投稿しました。もし、この本を読まれた方が見えたら、感想を聞かせてください。
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dankkochiku at 2007-08-02 23:48
早速、読み通しました。 文学への鑑識眼が乏しい当方ですのでどうこう言えませんが、今、手もとにもう一つ投稿された原稿があります。 いずれご披露しますが、見かけの模範囚が、自分の欺瞞性に気付いて不良囚になったという内容です。 「海峡の光」 の話と、偶然の一致にしては不思議です。 本のご紹介、有難うございました。
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