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19世紀から20世紀始めにかけて欧米の精神医学者たちは、精神病でもない、神経症でもない、知的障害がないどころか優れた知能の持ち主もいる、かと言って、その人間がしていることは、とても普通人とは言えない反社会的な行動をする人間に注目しました。
精神医学者たちは、この種の人間に背徳狂、変質者、精神不均衡者、精神病質的低格者、自然感情倒錯者など、悪口雑言を尽くしたような学名を付けました。 さすがにこのような猟奇的な名前は、第二次大戦後は消え、代わって性格異常者、異常人格者、精神病質者の学名が精神医学者の間で定着しました。 戦後、わが国では、ドイツの精神医学者、K.シュナイダーに従って、平均的な人の性格の範囲から逸脱した異常なところがあるために、その当人が悩むか、またはその異常性のために社会が悩まされるような人を精神病質者とする定義が広く行きわたりました。 現行の精神保健福祉法も、「自傷他害のおそれのある」 ことが認められた精神病質者を含む精神障害者は措置入院の対象としています。 しかし、「平均人の性格の範囲から逸脱した異常性」 の判断は、その人の属する社会、文化、対人関係からなされることであって、ほかの精神障害のように症状から診断されるものでないことや、その発生要因がほとんど分からなかったことから、精神病質の定義や診断法に批判が集まりました。 素行不良者、乱暴者、薬物依存者、生活破綻者、犯罪者など社会の困り者の特徴を集めて精神病質者(サイコパス)の定義を作り、社会の困り者になったのは精神病質者だからであり、精神病質者だから社会の困り者になった、といった循環論的診断法が批判されたり、あるいは、精神病質とは 「他の精神障害に分類しようのないパーソナリティの障害や問題を投げ込むクズカゴの役割を果たすもの」(W.プリュー) で客観的な診断基準がなく、精神医学の研究に役立たず、ただ人を差別するものであると精神病質そのものを否定する学説も現れ、これまではなんとも座り心地の悪い診断名でした。 こうした精神病質概念の否定派からの逆風のなかで、精神病質的な態度や行動傾向を見つけようとする臨床心理的検査、例えば、1943年に米国で開発されたMMPI検査(ミネソタ式多面人格特性検査)以来、精神病質的行動傾向をチェックし、それを数量的に検証しようとする研究が進み、最近では、米国のR.D.ヘアが開発した精神病質者チェックリスト(PCL)を使って反社会性人格障害者を心理学的に計量化し、測定することが可能になりました。 また、精神病質者と診断された患者の脳波、皮膚電気測定、心臓血管系の診断技術の発達にともなって、その行動の神経心理学的要因が次第に明らかになり、特に、社会病質者、反社会的人格者と呼ばれてきた精神病質犯罪者の衝動的、攻撃的な行動の病理が次第に解明されてきました。 多くの批判に晒されながら、K.シュナイダーが、精神病質という名前はなくなっても、精神病質者は存在すると言ったことの正しさが、次第に実証されるようになりました。 現在、わが国の精神科医の多くが利用している米国精神医学会が作成した 「精神疾患の分類と診断マニュアルDSM-Ⅳ」 には、精神病質に当たる 「人格障害」 に共通した全般的診断基準をあげていますが、基本的には、K.シュナイダー説と大差ありません。 この診断マニュアルには、犯罪と関係が深い人格障害として、演技性、自己愛性、境界性、依存性の人格障害などが記載されていますが、中でも危険な犯罪者の中核的存在は、反社会性人格障害です。 その行動の特徴は、15歳以来、他人の権利を無視し侵害し続ける行為です。 その具体的な行為とは、法律や社会規範に馴染まず繰り返し逮捕歴のあること。 人を騙す傾向のあること。 衝動的で将来的計画が立てられないこと。 すぐ激怒し、けんか・暴行を繰り返すこと。 自分や他人の安全を考えない向こう見ずな行動。 一貫して無責任で仕事や安定した生活ができないこと。 良心の呵責を感じず、他人への加害を気にしないこと、の7つの行動のうち3つ以上あることを診断基準にしています。 ところで、欧米先進諸国と比べて、わが国の精神病質者に対する研究がかなり遅れている背景には、まず、前述のような理由で、精神科医の間で精神病質否定論が一般化していることです。 このため精神病質者は医療の対象ではないと、入院が拒否され、たまたま入院しても厄介視され、危険人物視されて、中途退院になる例が多いことがあげられます。 次の問題は、刑事裁判で反社会性人格障害者と鑑定されても、そのほとんどの被告人に刑事責任が認められて、普通の刑務所に収容されることです。 このため、精神鑑定の経験のない精神科医では、この種の精神病質者あるいは人格障害者と臨床の場で会い、診療したことのある人がほとんどいないことになりますし、また、精神鑑定の経験のある医師であっても、刑事施設、矯正施設での勤務経験がなければ、治療経験があるとは言えず、このことが人格障害者への治療技術の開発の遅れにつながったと言えます。 第3の問題は、裁判段階で精神鑑定を受けた受刑者でも、判決書以外の裁判記録、特に、本人の異常性を理解するのに欠かせない精神鑑定書が裁判所から刑務所へ送られてこないことです。 このため刑務所では、入所時に人格障害のある受刑者であっても気付かないこと、刑務所内でその受刑者の問題行動が抑制されると表面化せず、潜在化すること、この種の受刑者にしばしば見受けることですが、うまく本人が立ち回って処遇に順応しているように見せかけて問題が見逃されること、職員が本人の異常性に気付いても、この種の受刑者は改善意欲がとぼしく、長い間、面接や行動観察を続けても本性がつかめず、本人の障害に相応した処遇が始められないまま刑期満了で釈放してしまうなどの問題です。 私も、何人かの反社会性人格障害受刑者の本性に近付こうと接触を試みたことがありましたが、ある者は頑強に接触を拒否、抵抗したため取り付く島がなく、また、ある者からは如才なく話をそらされて、共感を得ることも、納得のいく話も聞けず、人格障害者の理解を妨げる壁の厚さを突き崩せない挫折経験をたびたび味わいました。
by dankkochiku
| 2007-05-27 21:26
| 刑務所を考える
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Comments(7)
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桜花
at 2007-05-28 00:33
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日本が「精神医療の後進国」たること極めて遺憾です、御ブログで申される精神病質否定論が医療関係者の間で根強いこと、精神病院で厄介視・危険人物視を受けて入院拒否された精神病質者、彼らが犯した犯罪の数々、反社会性人格障害者が引き起こした事件で最悪のケース、大阪の池田で発生した悲劇が典型かと思います。
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dankkochiku at 2007-05-28 11:54
どういういきさつで精神病質の存在否定の動きになったかは定かでありませんが、昭和43、4年の学園紛争の発端が東大医学部にあったこと、36年の改正刑法準備草案に精神障害者の保安処分が盛られたことの二つが影響しています。
草案では、精神病質者は問題外でしたが、機動隊が学生を抑え、44年に大学臨時措置法制定で大学の管理力を強化したことも加わり、精神障害者を犯罪予備軍視している、過激派学生など危険思想の持ち主を精神病質者に仕立て上げて保安処分にする危険性があるなどと人権擁護派の精神科医が中心に反対論を展開しました。 その影響で、現在も精神科医療の臨床医の多くは精神病質反対派を占め、犯罪精神医学者たちは賛成派が多数を占めています。 動機が理解できない凶悪犯罪者対策は喫緊の問題です。 それにしても、東大紛争への警官導入抗議ストに法学部だけ参加しなかったと言うのも法律家を理解する上で象徴的ですね。
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at 2007-05-30 00:16
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dankkochiku at 2007-05-30 17:03
本文と前のコメントの補足です。 精神病質を否定する意見には、保安処分の対象になる、というのがありました。 その背景には、一時、精神病質が正常と精神病の中間状態とか、精神病の病前性格という学説があったことも影響しています。 これにはまだ定説がありませんが、改正刑法草案では、精神病質者は保安処分の対象ではありませんでした。
また、日本では1942年、新潟大学医学部で初めてロボトミーが行われ、統合失調症、家庭内暴力者などに各地でかなり行われましたが、その後遺症として廃人同様になったり、本人の同意なく実施され、それを恨んでの殺人事件などがあり、75年、日本精神神経医学会での決議で、以後、精神外科は実施中止になりました。
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at 2007-09-18 23:00
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at 2007-09-18 23:01
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at 2007-09-18 23:03
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