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旧・本所区(現・墨田区南部)ほど、方位正しく碁盤の目のようにキチンと区画整理された地区は都内には他になさそうだ。 一般に、本所の語源は、奈良時代の律令制度下の荘園領主を 「本所」 と呼んだことからきているそうだが、しかし、その頃、この辺りは、関東北部の山々を水源とする数本の川が運んできた土砂が河口に堆積してできた湿地帯で、人の住む場所ではなかったから、荘園制度と直接、関係のある町とは考えにくい。
むしろ、江戸城の天守閣も焼失し、死者10万人を出した江戸最大の大火、振袖火事(1657年、明暦の大火)の後、防火対策としてこの地に防火堤を作り、運河を張り巡らし、商業を盛んにし、武家屋敷町を計画的に作ったからだろう。 現在の墨田区は、東に荒川と旧中川、西に隅田川との間にある東西約5㎞、南北約6㎞の地域だが、そこに、河川が縦横に5つ、そこに架かる橋は56あり、町を歩いていると、すぐに橋と出会う。 坂のないはずの町で、坂の上り下りを感じるのは橋を渡る時だけだ。 しかし、町中を船で自由に行き来した水上交通の便利さも、澱んだ町の空気をぬぐい去ってくれる川風の清涼感も、逆に大災害時には、川が地域を孤立させ、逃げまどう群衆は橋の上で互いにぶつかり合い、橋が落ちると、退路が絶たれ、地獄に変わる。 関東大地震では、本所区の9割余りが焼失し、東京市全体の焼死者の8割強に当たる4万8千人の犠牲者を出した。 また、東京大空襲では、7割が廃墟となり、6万3千人も死傷者が出た(墨田区役所ホームページによる)。 ![]() ![]() いま、本所地区は、暗渠が増え、地上から見える川の数は戦前よりも減り、代って新しい都市の姿を現している。 錦糸町駅北側にあるコンサートホール 「すみだトリフォニーホール」 のある北斎通りは、以前、下水掘割だった。 運送の中心が水運から陸運に代わった現在、大横川沿いは、1.8㎞もの親水公園、遊歩道に変身し、そこには、和風庭園や広々とした公園、それに、本所七不思議の物語が河岸に展示され、地元文化を子どもたちに語り掛けている。 白昼さ中の妖怪話では、迫力がないので、その近くに竹藪を作り、細い橋を配置する心遣いも感じられる。 戦前から錦糸町駅前は、繁華街、歓楽街だった。 いま、駅前のLIVINが入っている江東楽天地ビルは、以前は広場で、時どきサーカス小屋がかかり、母親に連れられて行ったが、今では、駅南口近くを京葉道路と堅川の上を高速道7号線が走り、東京の東副都心の中心地になっている。 因みに、地図を見ると、縦に横川があり、横に堅川(たてかわ)があって奇異に思うかもしれないが、それは、江戸城からみて横に見える川が 「横川」 で、縦に流れているのが 「堅川」 というわけで、変に思うのは、地図の上方は北と思い込んでいる先入見のせいだ。 ![]() 駅から京葉道路を横切った先の飲食店やラブホテル通りに、江戸時代から 「田螺稲荷」 という変わった名の稲荷神社がある。 元の名は田中稲荷といったのが、この辺りが火事で焼けたとき、壁一杯に田螺が付いていたので延焼を食い止めたことから防火の神として祀り、鳥居脇には消火栓もある。 昔、この辺りは低湿地帯で田螺がいくらでもいたのだろう。 そういえば、カイボリと称して、狭いドブ川を堰き止め、泥の中から田螺を拾った頃を思い出した。 友だちは、田螺を味噌汁の味にするといって、持ち帰ったが、泥臭く、とてもその気にはならなかった。 ダボハゼや金ブナも捕まえたが、帰るときには、逃がしてやったので、錦糸掘りで魚をたくさん釣った釣り人が家に帰ろうとすると、堀の底から 「置いていけ。 置いていけ」 という声が聞こえたという七不思議には、ついぞ遭わなかった。 ※このブログはトラックバック承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
当ブログでは、以前にも、赤穂浪士のとこで、こちら本所を取り上げておられましたね。 dankkochikuさんに取って、本所とは何処か惹かれるお気に入りのスポットと見えました。。^^ 私も赤穂浪士ファンだけに、吉良上野介邸や、前原伊助、堀部安兵衛らの住んでいた家も、この近くとされますから、興味深い想いで拝見させて頂きました。。 青葉を映すせせらぎが、とても美しく見えて和まされました。。 本所、浅草、下谷、向島は魅力一杯です。同じ江戸でも日本橋、京橋、神田界隈は、開け過ぎ、近づきにくい感じがします。 大学時代プラスの数年を東京で過ごしたにも関らず・・・・ 素晴らしい場所を見逃していたことに気づかされました。 何気なく普通にそこにあるようで、実は「由緒」を秘めている~そういう部分に気づける目線が大切だなぁと思います 金ブナはTomもミミズを餌によく釣りましたが・・・ 今は見かけなくなりましたねー goodroads さん お越しいただき有難うございました。 長年、東京に住みながら、知らなかった所、気付かなかった点を沢山見つけ、魅力一杯です。 いわゆる観光情報誌に載っていない場所を探し歩いています。 今後ともよろしく。 CIao dankkochikuさん 一枚目の写真、京都の哲学の道を思い出しちゃった とても似てませんか? 墨田区にはトンとご縁がなくて一度も行ったことがない でも、川のある町は好きだから、今度行ってみようかなあと思いました。 田螺が守ってくれたっていうのも、いいなあ 日本昔噺の世界 置いてけ掘ねえ、、 なんか好きでした、あの話 カッパも大好きだし 妖怪って、幽霊とはまた違って、怖いと思えず、なんかとても身近に感じられます。 偉いね、dankkochikuさん 魚たちを放してあげて、、 Ciao cocomerita さん 残念ながら、京都は定番の観光地しか行ったことがなく、哲学の道は知りません。行ってみたいなあ。
暗闇の道を先導する送り行燈、客がいないのにいつも行灯の付いているそば屋の消えず行灯、夜中に天井から汚れた足がでて洗えと声のする足洗い屋敷、どこから聞こえるのか確かめようのない馬鹿囃子の音、等々、本所七不思議は余り怖くない怪談で楽しいですね。
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